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ウィッチ

2015

ウィッチ

The Witch

2015·映画·93·6.9

あらすじ

1630年代のニューイングランド。信仰の違いから町を追放された一家は、森の端に新天地を求める。しかしその直後から不可解な出来事が続き、赤ちゃんの失踪、作物の枯死、家族間の疑心暗鬼が増していく。森に潜む何かが一家を徐々に蝕んでいく。

レビュー

ロバート・エガース監督のデビュー作にして、ホラー映画のあり方を問い直した問題作だ。2015年のサンダンス映画祭で監督賞を受賞し、「スロー・バーン・ホラー(じわじわ来る恐怖)」というジャンルを世界的に認知させた本作は、現代のジャンプスケアに頼ったホラーへのアンチテーゼとして、17世紀ニューイングランドの空気感そのものを恐怖の装置として機能させるという野心的な試みに成功した。A24配給作品として、後に続く「ヘレディタリー」「ミッドサマー」とともに「A24ホラー」というブランドを確立した先駆的な作品でもある。 この映画の恐ろしさは「実際に何が起きているのか」が最後まで曖昧であることだ。清教徒のコミュニティを追放された一家が森の外れに住み始め、次第に恐ろしい出来事が起き始める。魔女は本当に存在するのか、それとも孤立と飢えが生み出した集団的妄想なのか——その答えを意図的に保留することで、17世紀の人々が感じた「神は沈黙している、ならばこの世界を支配するのは悪魔ではないか」という恐怖が、観客の中でじわじわと育っていく。超自然的な何かが起きていると確信できるシーンと、これは家族の集団ヒステリーかもしれないと思わせるシーンが共存し、鑑賞後も議論が続く構造になっている。 歴史的な正確さへのこだわりが際立っている。当時の英語(アーリー・モダン・イングリッシュ)を用いた台詞は実際の17世紀のテキストから採取され、魔女裁判の記録をもとにした細部の設定、農村生活の過酷さが積み重なることで、時代への没入感が生まれる。現代人が当たり前に持っている「合理的な世界観」を脱ぎ捨て、迷信と信仰が混在する中世的な意識で鑑賞することを強いられる体験は唯一無二だ。この徹底的なリサーチこそがエガース監督の真骨頂で、次作「ライトハウス」(2019)でも同様のアプローチが踏襲されている。 アニャ・テイラー=ジョイの映画デビュー作でもある。この後「クイーンズ・ギャンビット」「ラストナイト・イン・ソーホー」で世界的スターとなる彼女の演技の原点がここにある。敬虔な信仰を持ちながら父権的な清教徒社会で抑圧されている少女トマシンの内側の爆発を、彼女の目が語り続ける。ラストシーンに向かうにつれ積み上がる「解放」の感覚は、恐ろしさと同時に奇妙な共感を呼び起こす。このキャラクターをフェミニスト的な抑圧からの解放の物語として読む解釈が広く支持されており、ホラー映画の文脈を超えたジェンダー論的な議論の対象ともなっている。 黒ヤギのブラック・フィリップというキャラクターが本作のもう一つの「スター」だ。平静を装った普通のヤギとして始まりながら、終盤に向けての変容が映画全体の不気味さを象徴している。「ブラック・フィリップと契約しろ」という台詞は、映画ファンの間でカルト的なフレーズとして語り継がれている。 ウィッチが示すピューリタンの世界観——神の怒りと悪魔の誘惑が日常に侵入するという信仰——は、17世紀のニューイングランドに生きた人々の本当の世界観だ。当時の日記や法廷記録から引用した台詞は、キャラクターに歴史的リアリティを与えている。 トーマスン一家が辿る崩壊の過程は「外からの悪魔の力」と「内側からの家族関係の機能不全」のどちらとしても読める設計になっており、「魔女狩り」という歴史的文脈を知る現代の観客は二重の意味で見ることができる。ケイレブとトマシンの関係に内在する抑圧された感情——罪悪感・欲望・羨望——は、「外の悪魔」より「内なる闇」の方が危険かもしれないという問いを提示する。 A24の最初期の傑作として、本作はホラーが純粋な文学的野心を持てることを証明した。エンターテインメントとしての恐怖より「文化・信仰・孤立」のドラマとして見ることで、作品の真の価値が明らかになる。 【外部評価】IMDb: 7.0/10 | Rotten Tomatoes: 91%

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アート系ホラー歴史的リアリズム清教徒社会スローバーン

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