
レビュー
ピーキー・ブラインダーズは1919年のバーミンガム(イギリス)を舞台に、帽子のつばに剃刀を縫い込んだギャング一家ピーキー・ブラインダーズを率いるトミー・シェルビーの権力拡大を追う英国BBCのクライムドラマだ。2013年から2022年まで6シーズン放送され、Netflixでの配信後に世界的な人気を獲得した。
キリアン・マーフィーが演じるトミー・シェルビーは、第一次世界大戦の塹壕戦経験による心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えながら、ギャング・合法ビジネス・政治の三領域を同時に操作する人物だ。彼の眼の鋭さ——ほぼ瞬きをしないように演じているとされる——と静かな台詞回しが、表面上は礼儀正しく内側は計算機として動いているという矛盾を体現している。トミーが煙草に火をつけるシーンは毎回異なる文脈を持ち、その動作がシーンの感情温度の指標として機能する。キリアン・マーフィーはこの役でBAFTA主演男優賞等を受賞し、後にオッペンハイマーでアカデミー主演男優賞を受賞する俳優としての評価の基盤をここで築いた。
シリーズの音楽選択は時代考証を無視する代わりに感情的文脈を優先する戦略で設計されている。ニック・ケイブ&ザ・バッドシーズ、PJハーヴェイ、アークティック・モンキーズ、レッド・ライト・マネジメント——1920年代にこれらの音楽は存在しないが、バーミンガムの工業地帯の荒廃と暴力の空気を現代の視聴者に伝達する言語として機能する。この意図的な時代錯誤がシリーズに独自の視覚・聴覚的スタイルを与えた。
ポール・アンダーソンの美術監督はバーミンガムの工業地帯を白黒と血の赤という色彩で設計し、第一次大戦後の労働者階級の荒廃と暴力が混在する空気を画面に定着させた。ポリー(ヘレン・マクロリー)というトミーの叔母はシリーズにおけるもう一人の権力の中心だ。シェルビー家の勘定と戦略を管理する彼女は男性の暴力を用いずに権力を行使する方法を示す。2021年のヘレン・マクロリーの死去後、シリーズはその穴を埋めることができず最終シーズンはポリーの不在を主題のひとつとして組み込んだ。
シリーズが描くバーミンガム労働者階級の歴史——石炭産業の衰退、ロシア革命の影響、アイルランド独立運動との関係——は英国近代史の文脈を丁寧に組み込んでいる。トミーが政界進出する後半シーズンでは「腐敗したシステムを内側から変えようとする者が腐敗に飲み込まれる」というテーマが政治ドラマとして展開し、シリーズの射程を拡大させる。
ピーキー・ブラインダーズはトミー・シェルビーというキャラクターの磁力でシリーズが維持される作品であり、キリアン・マーフィーが持つ「画面に現れるだけで緊張感が変わる」という特性は、その後の映画キャリア(オッペンハイマー)の礎を作った。バーミンガム方言・1920年代の服装・炭鉱の埃と血の視覚的な密度が、英国歴史ドラマとして独自の質感を持つ。シーズン5・6では政治と個人の絡まりが増すが、シーズン1・2の凝縮された犯罪ドラマとして見るだけでも十分な価値がある。
ピーキー・ブラインダーズが持つ「暗い男性性と家族の絆」というテーマは、ゴッドファーザーからスカーフェイスへと連なる犯罪ドラマの系譜を英国労働者階級の文脈で再解釈したものだ。トミーという人物の「戦争のトラウマを抱えた怪物的な頭脳」は、暴力と知性の共存として描かれる。序盤6シーズンを通じて「誰もが何かを失い続ける」という悲劇性が積み重なり、完全な勝利も完全な安全もないという現実主義が作品を貫く。
シリーズの重厚な質感の中に宿るトミーの孤独は、6シーズンを経ても解消されない核心的な問いだ。
シリーズが世界的な人気を獲得した要因の一つに「ファッション」がある。トミー・シェルビーのスタイル——ブリティッシュ・ツイードのスーツ、キャップ(ニュースボーイ・キャップ)、ブロック・カット——は視聴者の間でファッションアイコンとして模倣され、ピーキー・ブラインダーズというシリーズを超えた文化的記号になった。ショーがNetflixで配信され世界規模の視聴者を獲得してからは、バーミンガムのティーハウスや「ピーキー・ブラインダーズ」をテーマにしたバーが実際に観光スポットとして機能するほどの文化的影響を持った。
シリーズは映画化計画が進行中であり、キリアン・マーフィーが再びトミー役を演じる予定とされている。「腐敗したシステムを内側から変えようとする者が腐敗に飲み込まれる」という物語の核心的なテーマは、映画でどのような答えを得るかによって、シリーズ全体の評価が改めて問われることになる。
【外部評価】IMDb: 8.7/10
どこで見れる?(見放題)
タグ
BBC英国ドラマ1920年代ギャング歴史ドラマ
Blu-ray・DVDを探す
関連する特集記事
完結済み海外ドラマ20選 — 最終回まで安心して見られる名作
完結済みの海外ドラマ20本を厳選。打ち切りの心配なく最初から最後まで安心して楽しめる名作をジャンル別に紹介する。
海外ドラマ沼から抜け出せない人のための次の1本選びガイド
海外ドラマを見続けているのに「次に何を見ればいいかわからない」人へ。直前に観た作品のタイプ別に、確実にハマれる次の1本を提案するガイド。
韓国ドラマ vs 英国ドラマ — それぞれの魅力と特徴を徹底比較
韓国ドラマと英国ドラマ、どちらもNetflixで人気だが、その魅力はまったく異なる。感情の作り方、物語の構造、テーマの扱い方を軸に両者を徹底比較し、あなたにハマるのはどちらかを探る。
犯罪ドラマの名作を時系列で追う — ブレイキング・バッドからオザークまで
「普通の人間が犯罪に手を染めていく」というテーマは、どのように進化してきたか。ソプラノズからオザークまで、犯罪ドラマの系譜を時代順に深掘りします。
Disney+ vs Hulu:日本で契約するならどっち?海外ドラマファン視点で比較
日本の海外ドラマファン向けに、Disney+とHuluを徹底比較。月額料金、独占コンテンツ、UI、画質、海外ドラマの充実度をそれぞれ検証し、どちらが自分に合うか判断できるガイド。





