
レビュー
フランシス・フォード・コッポラが1972年に発表した「ゴッドファーザー」は、50年以上にわたって「映画史上最高傑作」の最有力候補であり続けている。アカデミー賞作品賞・監督賞・脚色賞受賞。単なるマフィア映画ではなく、「家族」「権力」「アメリカの夢の暗部」を描いた叙事詩として、映画というメディアの可能性を極限まで引き出した作品だ。
マーロン・ブランドが演じるヴィトー・コルレオーネは映画史に刻まれた存在だ。老いた獅子の威厳と、家族への深い愛情。「友人に頼みごとをするのは断れない日のためだ」という台詞に代表される、彼の権力哲学は「力とは何か」を問い続ける。アル・パチーノが演じる三男マイケルの変容——良心的なインテリから冷酷な組織の後継者へ——が物語の中軸を形成する。「人間がどのようにして怪物になるか」のプロセスを描く精密さが、本作を道徳的な問いとして成立させる。
ゴードン・ウィリスの撮影は「映画における光と影」の教科書だ。コルレオーネ邸の暗い室内、照らされた庭の婚礼の白——光量の徹底したコントロールが権力と喜びの対比を視覚化する。暗い室内でのシーンは意図的に「見えなさ」を演出し、権力の不透明さを映像で体現している。ニーノ・ロータの音楽も映画の感情を精密にコントロールする。メインテーマを聞いただけで映画の世界へ瞬時に引き込まれる。
物語の中の暴力描写が「衝撃的」であり続ける理由は、それが「儀式的」に描かれるからだ。ソニーの暗殺、ジャック・ウォルツへの「説得」、最後の清算——いずれも「冷たい必然性」を持って展開し、娯楽的な刺激ではなく道徳的な重みとして受け止められる。
俳優陣の充実も語り尽くせない。ジェームズ・カーン(ソニー)の粗野で熱血な兄、ロバート・デュヴァル(トム・ハーゲン)の実務的な養子兼顧問弁護士、タリア・シャイア(コニー)の複雑な立場の娘——誰一人として「ただの脇役」がいない。全員が独立した物語を持つように感じられる密度だ。
「ゴッドファーザーPARTII」(1974年)はコッポラ自身が「同等、あるいは超えている」と語る続編だが、第一作を見てからの続編鑑賞が最も深い体験をもたらす。「スカーフェイス」「グッドフェローズ」など後のマフィア映画は全てこの作品の影の中に立っている。
おすすめ視聴者:映画史に残る傑作を体験したい人、権力と家族の物語に惹かれる人。上映時間約175分。Huluで配信中(日本)。3部作を通して見ることで、アメリカの20世紀を一つの家族の通史として体験できる。
コッポラが「ゴッドファーザー」を制作する際、スタジオは当初マーロン・ブランドのキャスティングに反対した。既に「問題ある俳優」として知られていたブランドを起用することのリスクを恐れていた。しかしコッポラはこの役にブランドしかいないと主張し、スタジオを説得した。この映画が生まれた「制作の逆境」の物語は、映画本編の「システムへの抵抗」というテーマと奇妙に重なる。また本作は撮影当時の実際のニューヨークの路地や家屋で撮影されており、スタジオセットには出せない「生きた都市の臭い」が映像に宿っている。
ゴッドファーザーは映画史上最も影響力の大きい作品の一つであり、現代のテレビドラマにおける「道徳的に複雑な主人公」の概念は本作なしには存在しない。170分という長さを感じさせない編集と構成の精緻さは映画職人の技術の極致だ。マーロン・ブランドとアル・パチーノの画面外での張り合いが映画の緊張として機能しており、キャストのアンサンブルとしても比類のない達成がある。
【外部評価】IMDb: 9.2/10 | Rotten Tomatoes: 97%
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マフィア家族の腐敗アカデミー賞古典映画叙事詩

