エミリー、パリへ行く

エミリー、パリへ行く

Emily in Paris

2020·ドラマ·シーズン4·7.1

あらすじ

シカゴのマーケッター、エミリーがパリのラグジュアリーブランド会社に転職し、言語の壁・文化的摩擦・恋愛のもつれを乗り越えながらパリのライフスタイルに染まっていく。Netflixで世界的ヒットを記録したロマコメシリーズ。

レビュー

エミリー、パリへ行くは2020年にNetflixで公開されたダーレン・スター制作のロマンコメディシリーズで、シカゴのマーケティング会社勤務のエミリー・クーパーがパリに転勤し文化的摩擦とロマンスを経験するライトな物語だ。批評家からは「パリのステレオタイプを強化している」「フランス人の描き方が偏っている」という批判を受けながらNetflixで最も視聴されたシリーズのひとつとなった。 この作品の批判と人気の乖離を理解するには視聴者が何を求めているかを考える必要がある。エミリー・パリへ行くは「完全なリアリズム」ではなく「ファッション誌的なパリの夢」として設計されている。コートに付いたペンダント、エッフェル塔を望むアパルトマン、スタイリッシュなカフェ——この視覚的な快楽は「現実のパリ」ではなく「パリについて人々が抱くイメージのパリ」を提供する。 リリー・コリンズが演じるエミリーは楽観的で積極的で時に空気を読まないアメリカ人として描かれ、フランスの職場文化(長い昼食、ヒエラルキー、控えめな主張)と衝突する。この文化的摩擦はステレオタイプだが「異文化に飛び込んで失敗しながら前進する」という成長の形として機能する。エミリーが上司アンブロワーズやガブリエルと形成する関係は単純な恋愛三角ではなく友情・職業的尊重・ロマンスが入り混じる。 パリのロケーション映像(モンマルトル、マレ地区、セーヌ川沿い)と衣装デザインは視覚的な快楽を提供し、シリーズの「気楽に見られる」性質を支える。衣装を担当したパトリシア・フィールド(セックス・アンド・ザ・シティを担当した同一チーム)の仕事は各エピソードで複数の「着こなしの教科書」を提供し視覚的な豊かさを生む。 「知的な挑戦を求める視聴者には物足りないが、ちょっと夢を見たいというニーズに対して誠実に機能するコンテンツ」という評価が最も正確だ。ショー業界のキャリア、ラブライフ、友情という三つの軸を軽やかに回転させるシリーズの安定した快楽は、過剰にシリアスなコンテンツに疲れた視聴者への「気晴らし」として確立した地位を持つ。 「エミリー、パリへ行く」に対して最も興味深い批評は「フランス人描写のステレオタイプ化」への批判だが、この批判に対して制作側は意図的にステレオタイプを採用したと認めている。「パリについて世界が抱くイメージのパリ」を提供することが目的であり、「現実のパリ」を描くことが目的ではないというスタンスだ。この立場は批評家からは受け入れられにくいが、視聴者からは「期待通りのエンターテインメント」として評価される。コンテンツが「現実の精確な再現」ではなく「夢の体験」を提供することを明示的に目的とするとき、それを批判する基準が何であるかという問いを提起する。 衣装デザインの価値は批評家の評価を超えた実際の影響を持っている。パトリシア・フィールドのデザインしたエミリーの衣装は、ファッション業界での参照点となり、着用されたブランドの認知度向上と販売増加に直結した。「セックス・アンド・ザ・シティ」での実績と同様に、ドラマが「ファッションの展覧会」として機能することの経済的価値は、ドラマの批評的価値と独立して存在する。 Netflixでの視聴者数の多さは「見たくなる理由がある」ことの証明だ。「見て批判する」のと「見ない」のは異なり、批評家が批判しても視聴者が見続ける現象は「質より需要」というよりも「批評家と一般視聴者が異なるものを映像に求めている」という事実を示す。 「エミリー、パリへ行く」が生み出した「ダーリア・ビェルバウム効果」——批評家が最悪評価を下した作品が視聴者に最も愛される現象——は、批評の機能についての問いを提起する。批評家が「浅い」と評価するコンテンツを何百万人もの視聴者が積極的に消費するとき、「批評基準」と「視聴者需要」のどちらが「正しい評価」かという問いに答えはない。このシリーズはむしろその問い自体を体現する文化的テキストとして、コンテンツ消費の社会学的分析の対象として価値を持つ。 【外部評価】IMDb: 6.8/10

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